
私たちは、果実自身の持つ可能性を信じ、その美味しさを最大限に引き出す栽培を目指しています。果物の成長を邪魔することなく、時には厳しく、時には過保護なくらいに手をかけ、一つ一つの果実を育んでいます。そうして大切に育てた果物を多くの方に食べていただき、美味しいと言っていただけることを何よりの喜びとしています。

SAKUHO, NAGANO
標高900mの高地では、時には昼夜の寒暖差が20度以上になります。日中の日差しで光合成が活発になり、朝晩の厳しい冷え込みでその糖分が蓄えられて甘い果実になります。また、湿度が少なく、気温が低いため、病害虫が少なく、農薬の量を減らすことができます。厳しい気候の中では、果物の成長期間が長くなり、ゆっくりと大きくなるため、味わい深い果実になります。さらに、八ヶ岳からの豊かな水と清冽な空気がこの地ならではの果実の風味を作り上げます。

REGIONAL CHARACTERISTICS × POSSIBILITY
手仕事にこだわり、日々果物と対話する
私たちは、果実自身の持つ可能性を信じ、そのおいしさを余すことなく最大限に引き出す栽培を目指しています。作業は手作業で行い、果樹一本一本、果実一つひとつの状態を確認しながら作業にあたっています。摘果や剪定を細かく行い、実るべき果実をしっかりと選び抜きます。時には厳しく、時には過保護なくらいに手をかけ、大切に果実を育んでいます。
佐久穂の大地で、果物の力を極限まで引き出す栽培方法を追求し続けてまいりました
当園の始まりは、昭和30年代にさかのぼります。初代園主は、標高が高く昼夜の寒暖差があり、豊かな水に恵まれたこの地は果物の栽培に最適であり、必ず良い作物ができるという確信を持っていました。
おりしも世は空前の観光ブーム。八ヶ岳の麓の豊かな自然に恵まれた八千穂高原は観光地として脚光を浴び、開発、整備されていきました。人が集まれば果物の需要も増える、たくさんの人にこの地で採れるおいしい作物を食べてもらいたいという想いでりんごの樹を植えたことが当園のスタートです。
すばらしい環境のなか、果物の栽培ができる自然の恵みにあらためて感謝し、日々作業しています。
1950年代
八千穂高原の開発が始める
1965年
須田農園の始まり
初代須田一男が、八千穂町にて須田農園を始める
1970年代
さらなる農地を拡大
農地を徐々に拡大。りんごとプルーンの生産量増大
1997年
2代目須田清が農園経営に加わる
思い切ってサラリーマンを止め25歳で農業の道に
2000年代
りんごやプルーンの栽培方法を追究する日々。様々な品種栽培への挑戦。
りんごやプルーンの栽培方法を日々追究する日々の中、様々な品種に興味が湧き育て始める。
2005年
八千穂村と佐久町が合併
八千穂村と佐久町が合併し、佐久穂町となる
2024年
道の駅八千穂高原開業
道の駅八千穂高原に、須田農園の商品を販売

旧八千穂村天神町 1960年代

千ヶ日団地 1970年代